
直江兼続 その5 〜米沢藩の再建と評価〜
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平和な時代になると、兼続は最上川の治水事業を開始します。
このとき作られた堤は「直江石堤(なおえせきてい)」と呼ばれ、現在まで残されています。
この事業で、表向きは30万石となっている米沢藩も、実際は50万石以上にまで発展しました。

町の整備、産業の促進などにより、米沢藩の基礎となるような事業を残し、1620年1月23日、江戸で亡くなりました。60歳でした。
死後は息子が若くして亡くなったため、直江家は断絶となってしまいました。
「関が原で西軍についたため上杉家の減封を招いた」、として評価されない一時期もあったようですが、兼続が基礎を築いた米沢藩の9代目藩主であり、名君として有名な上杉鷹山が改革の手本としたのが兼続であったため、そのころに再び評価されるようになりました。
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